Dr.NakaMatsフロッピーディスク1972年-

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世界のデジタル普及に寄与した
Dr.NakaMatsフロッピーディスク

 まだ日本に国産のコンピュータが存在しなかった時代に、ひとりの発明王が世界をうならせた。初期のコンピュータをあつかったことのある人なら触ったことのない人は誰一人いない、フロッピーディスク。その発明者がドクター中松こと中松義郎さん。ハーバード大学でグレート・大賢人にえらばれたノーベル賞受賞者

英語表記ではドクター中松さんは「Dr.NakaMats」と書く

英語表記ではドクター中松さんは「Dr.NakaMats」と書く

デジタルデータ保存をまず最初に
考えたのが素晴らしい

 1972(昭和47)年に発売されて以来、パソコンやワープロのデータ記録用には欠くことができない大切な相棒であったフロッピーディスク。薄いプラスチックの円盤に磁気でデータを記録しておくもので「これが無ければパソコンやワープロの進化は遅くなった」とさえ言われいる。

 いまでこそデータ保存がTB・テラバイトで行われるHDのおかげで、保存をどうするかなんて考えなくなった時代。しかし、当時のパソコン、ワープロにはデータを蓄積しておく場所がなかったのだ。こんなこと今の若い世代にはもう通用しないだろうけれど。

ハードディスクHDの記録面の円盤

ハードディスクHDの記録面の円盤

 なんとこの発明、まだコンピュータがパーソナル化されていない時代に発明されていた。1947(昭和22)年にフロッピーディスクのアイデアを発想し、1950(昭和25)年の東京大学工学部時代に記録再生する媒体とドライブを完成させていた。ドクター中松さんの著書のなかで「僕の発明の基本は愛からなんですよ。発明しようと言う人は一攫千金とかお金に欲がくらんで、たいしたこと無い発明をしている」と。それを読んだときこの人はすごい人なんだ、と素直に感じた。彼のおかげでいまのコンピュータは進化できたのだから。

 しかし当時はまだコンピュータもなく、発明から20年後に商品化されたのだ、この事実も驚きではあるが。こうした、今は私たちの目にはふれないけれど、数年後いや数十年後に陽の目をみる発明品がこの国のどこかで誰かが発明していると思うだけで、幸せな気分になってくる。

 ちなみにドクター中松さんの愛のこもった発明品には「ドクター中松ジェネレーター」「灯油ポンプ」「人間洗濯機」「醤油ちゅるちゅる」や「ぴょんぴょん」などある。ドクター中松ブログ

大活躍中のメモリースティク、最初は256MBだったけどなぁ。

大活躍中のメモリースティク、最初は256MBだったけどなぁ。

データの受け渡しはフロッピーから
MO、CD、そしてUSBへ

 フロッピーディスクの新家系は「メモリースティク」だろう。外付けメモリの一種だけれど、いま一応市民権は得ている。USBに突き刺せば、どんなデータも右から左。ただこうした進化は悲しいかな、各社のおもわくが交錯して、Appleはサンダーボルトだぁ、どこどこはなんだぁーと。同じVHSビデオテープでもヨーロッパとアメリカでは違うように、この統一するというのが世界人は不得手らしい。フォロッッピーディスク時代も、ZIPと呼ばれる形式のものもあった。そういえばAppleのコンピュータMacMT時代に、ZIPが搭載されていたなぁ。

 この出る所の形状すら世界統一でこれだ! というものが無い。まぁ今の段階ではUSBということになっているが、USBにも転送速度の違う1や2や3があることすら知らない人も多いのが現状なのである。だからいつかは「メモステ」がほんとに捨てられ、新たな時代が来るんだろうけれど。MoNoはこうして進化していき、そして新たな文化が生まれるんだろうなぁ。

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