MAZDA ロードスター1989年-

ナンバープレートが「Roadstar」になっているが、本当はRoadsterで「2乗りの馬車」という意味

ナンバープレートが「Roadstar」になっているが、本当はRoadsterで「2乗りの馬車」という意味

本物のオープンカーと呼べるのは
マツダユーノスロードスターだけ

 【オープンカー】だけの為に設計されたクルマは当時、世界で大絶賛された。車重1トンを切る軽量コンパクトな2シーターのライトウエイト・スポーツカーが、1980年代に誕生するなど誰もが考えてもいなかったこと。

 1970年代からクルマは安全性が叫ばれ、オイルショックを契機にスポーツカーが売れない時代に入ったことも、クルマファンにはつらかった。つまりはお金持ちのためだけのスーパーカーは存在しても、実際に乗れるスポーツカーは新しく作られることもなく少なかった。

  MoMAの愛称で親しまれているアメリカニューヨーク近代美術館、The Museum of Modern Artに、独創性と芸術性が高く評価されて収蔵されている。ちなみにデザインはアメリカ西海岸でデザインされたと聴いたことがある。確かに日本的デザインではあるが、少し垢抜けしすぎてるなぁと感じていた。

2代目ロードスター誕生のお披露目@東京モーターショー

2代目ロードスター誕生のお披露目@東京モーターショー

 その混沌としたスポーツカー市場を打ち破ったのが「MAZDA ロードスター」。オープンカーの為の【専用設計】であり、ベース車価格も200万円を切る大衆車と変わりない価格設定。そしてアメリカではマツダミアータと呼ばれて、大ヒットした。これにおののいたのはヨーロッパのクルマメーカー。1995年にやっとロータスエリート、アルファロメオ・スパイダー、MG-F、BMW Z3といったオープンカーが登場する。

 しかしこれらのクルマ、既存の実用車の屋根を切った発想でしかなかった。それがいまでも続いているが。単に「屋根のないクルマ」か本当の「オープンカー」かの違いである。屋根を切るということは、クルマの重量のバランスが狂う、ほんとうにオープンカーに乗りたいのであれば専用設計のこのクルマしかない。

東京モーターショー1989年のユーノスブース

モスグリーンのボディとタン色の室内がオシャレなVスペ、212万円@東京モーターショー1989年

 欧州のオープンカーはその後、専用設計のオープンカー開発には達らず、豪華にして高い値段でオープンカーの雰囲気を持ったクルマに変化していく。それも商売のやり方だといわれれば、それまでである。何に価値を置くかの、違いなのだから。

4代目ロードスター@広島駅構内

2015年に発売された4代目ND型ロードスター@広島駅構内、幌を付けているので魅力が、、

運転することの楽しさを実感させてくれる
MAZDA Roadsterは今も変わらない

 MAZDA ロードスターは今でも存在する。このMAZDA ロードスター、じつはNA型と呼ばれる第1号は【ユーノス ロードスター】と呼ばれていた。クルマはディーラーという販売会社がある。いまでは1メーカー、1チャンネルの販売会社というカタチが多いが、1980年代は各メーカーとも数チャンネルのクルマごとの販売会社があった。今のトヨタのTOYOTA車とLEXUS車の販売チャネルの違いのようなものと考えてもられればいい。

 4代目となったMAZDA ロードスターは、原点回帰でなぜだかユーノスロードスターにも似ている。乗っている人が目立つフォルムで、かっこがいい。車重も990kg、前後の重量配分も50/50.
人馬一体の思ったように動くオープンカー。オープンカーに乗りたいと思ったら迷わず選ぶべきクルマなのかもしれない。クルマ好きならぜひレンタカーででも、借りて乗って欲しい。私の乗るロードスターを観て「チョロQのよう」と子どもが言っていた。

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