Ernst Leitz 35mmレンジファインダーカメラ1925年-

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ちびまる子ちゃんの写真はライカ
LEICAはフィルムカメラの原点

 35mmフィルムカメラの祖先は1台の【ライカ】からはじまる。オスカー・バルナックが発明したライカは、その後の35mmレンジファインダーカメラのカタチを創った。

 身体が弱かったオスカー・バルナック(1879年 – 1936年1月16日)はスナップ撮影に使える小さくて軽いカメラが欲しかった。そこで大きな乾板を小さく切ったフィルムで撮影してみたが満足できず、つぎに映画撮影用の35mmフィルムを使えるカメラを考えた。自分が欲しいモノがこの世に無いのなら、自分で造ってやろうという心意気がいい。

 当時ドイツは第一次世界大戦のまっただなか、戦争に中断されながらも、1925年に「ライカI型」を製品化させる。「小さくて軽いカメラが欲しい」その一途な想いがカメラ史上に残るレンジファインダーカメラの名機ライカを誕生させたのだ。ライカがカメラだということを子どもも知っているのは『ちびまる子ちゃん』のおかげ。たまちゃんのお父さんがみんなの写真を撮ってくれるのがライカM3。日本のライカ代理店だった日本シイベルヘグナーは「老若男女の幅広い層にライカのブランド名を親しみやすく浸透させるのに大きく貢献していただいた」と作者・さくらももこさんに贈呈している。

ライカⅢC 1940

ライカⅢC 1940


 バブル期にはライカも投機的に扱われるカメラとなった。いまではフィルムカメラ自体が人気がなくなり、価格が下がってはきたが、ライカ人気は根強い。もともとの販売価格も高価なので、中古でも価値はそれなりにあるのだが。ライカのブラックペイントとなんて言うと、えぇっと疑いたくなるような価格なのだ。そしてライカはロットナンバーにまで価値があると言われている。もうここまでくるとマニアックな世界だけれど。確かにロットナンバー001なんて一番最初に製造だから欲しいと誰しも思うだろうけれど。

 ブラックペイントは今時のカメラでは主流だが、金属色の強いクロームカメラが1970年代まで主流だった。1959年に出たNikonFでもブラックペイントはその生産台数が少ないがために欲しい人にはたまらない存在。今のデジタルカメラはほとんどがブラックペイント。このブラックライカが出来たきっかけは、スナップ写真家ローベル・ブレッソン(1901-1999.12.18)がライカに写真用ブラックテープをべたべたと貼付けて、人知れずにスナップ撮影できるようにしていた。カメラを金属の塊でなく、見えなくした。

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「なんでそんな事するんだ?」と思われるかもしれないが、それは撮られている人がカメラの存在を意識せずにいれるから。見えないカメラで撮るから、人は無意識にいい表情をしてくれる。そんな「黒テープがべたべた貼られた見えないライカ」をみたライツ社がブラックの吹き付け塗装をしたと言う逸話がある。

 モノはその存在が大きくなればなる程、こうした逸話がいろいろと出来てくる。日本のライカ第一人者・田中長徳さん曰く「この世の中にはふたつのカメラが有る。ライカとライカではないカメラだ」と。こうした逸話が「一世を風靡したモノ」の勲章かもしれない。

機械だったカメラもいまでは電化製品
ライカのついたパナソニック

 私でもライカを持てるようになった?! それは2001年に松下電器産業・パナソニックとデジタルカメラで提携したおかげ。パナソニックライカ・LUMIXで撮っていると、気分がいい。ファインダーも付いていて、目で確認して撮れる。おなじコンパクトデジカメでも、なにかちがう。それがいい。ちなみにライカ製のコンパクトデジカメは、パナソニックで造られている。

パナソニックLUMIX DMC-TZ85

4Kで撮った後にフォーカスを変えられるスグレものパナソニックLUMIX DMC-TZ85

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