ラジオ受信BCL,QSLカードブーム 1970年代-

ラジオに飛びついた70年代。深夜放送、QSLカード、
エァチェック、QSLブームと一斉風靡

 10代の主に男性が、短波放送の受信を楽しんだり、ラジオの深夜番組とよばれるすこしエッチな放送に興味を持ち出した1970年代。聴きたい放送局が遠距離にあるために工夫をしたり、そのパワーはすごいものだった。そして受信できた時の喜びは、なんともいえないもの。それを証拠に残そうと、QSLカードなるものが流行ったのもこの時代。

クーガNo.7 1973年 18,500円FM/AM2バンド、ポップアップのジャイロアンテナが格好よく、前面に操作部が集中したデザイン。大ヒットした商品。ナショナル社。


 放送局が放送をしたことを視聴者に証明する受信確認書がベリカードと呼ばれるものだが、当時は放送局が発行するベリカードの絵はがきもQSLカードと呼んでいた。当時はアマチュア無線マニアの間で、受信交換のために自分のコールナンバーを書いたQSLカードをお互いだしあっていた。これは絵はがきのようなデザインに凝ったものが多くて、これを集めるマニアもいたほど。

当時はQSLカードと呼ばれていた絵葉書。なぜいまベリカードと呼ばれているのか不思議? 


 こうしたなかラジオを販売する側も、短波放送受信を意識した立派なアンテナを装備したモノやよりメカニックな、それこそジェット機のコックピットの操作部のようなデザインのラジオを発売した。もちろんこれはヒットした。その後、ステレオのFM放送が音楽好きから流行してゆき、エァーチェックなる言葉が生まれ、番組を録音する文化が生まれた。

5バンドBCLラジオ 1974年42,000円
短波放送ブームの先駆けとなった商品。大型フィルム型のダイヤル部採用で受信あわせが楽なラジオ。

ジャイロアンテナが斬新だった
松下パナソニックのラジオ

 このころからアウトドアを意識した、頑丈そうなデザインの電化製品も数多く出てくるようになる。一方そこから聴こえるラジオ番組は、深夜放送の功労者ともいえる『オールナイトニッポン』が1967年始まった。まだDJという言葉も無かった時代に糸居五郎さんが自分でターンテーブルを回して、いかした音楽を聴かせてくれた。これが今のDJスタイルに繋がってくるのだからスゴィ。

BCLブーム全盛だった頃発売された、デジタルカウンターをつけた製品でアナログ感がよくて我が家にいまでも飾ってあるナショナルPROCEED2800、1977年5月発売。


 そしてフォーク世代とよばれる人たち、若手芸人がパーソナリティを務め、人気をはくしていく。いまでもこの番組は続いているのにも驚く。これは全国区の番組だが、東海、関西、九州、北海道とそれぞれに深夜放送の番組はあった。パーソナリティの素がでて、そこでの発言が若者の血を騒がせたのだろう。驚いたのが「自殺します」と葉書を送って来たリスナーさんに、1対1でたんたんと呼びかけていたパーソナリティが居たこと。

 個人的にショックだったのが『オールナイトニッポン』であれほどテレビの馬鹿さ加減を発言し「テレビにはでない」と豪語していた吉田拓郎さんが、KinKi Kidsさんと共にテレビMCを務めていたのにはびっくりした。まぁ権力に立ち向かうような態度だったボブディランでさえ、勲章のノーベル賞は貰うのだから人間なんて、そんなもん。ラララらぁ、それでいいのだぁ。

いまでも続くオールナイトニッポン。
誰でも一度は聴いた番組、それがラジオ。

 今でもテレビでは自由に発言できないからラジオで語るという著名人も数多くいる。それをリスナーたちは熱心に聴いている、この部分では健全でラジオはまだまだ元気な媒体なのだ。一方、放送法を盾にへたな事を言ったら、電波を止めるぞと政府に言われるから、テレビでは自由に発言できないなんておかしな話だが。

 1970年代のラジオは、リスナーからの葉書の時代だからタイムラグがそこには生じていた。いまではインターネット経由のメールで瞬時にいまの自分の声をパーソナリティに伝えられるのが良い。ラジオとインターネットの融合はこれからも進化しそうで楽しみ。そうした中から、またちがった文化が生まれてくるのだから。

 ただ、こうしたなかラジオを聴くための製品にこれといったモノがないのがさびしい気持ちもするけれど。

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